2014年3月8日土曜日

ちょっとした自己紹介と リサーチ1日目(2014/2/27) 木村玲奈

 今回八広ダンスプロジェクトに参加させていただくことになりました木村玲奈です。4歳のときバレエ教室へ行ったことがきっかけで、それからずっと踊りと共に生きてきました。20歳からダンサーとして活動をはじめ長期参加プロジェクトにショーネッド・ヒューズ「青森プロジェクト  」があり、日本、欧州、アジアで公演に参加しています。30歳のとき「国内ダンス留学@神戸」(文化庁、NPO法人DANCE BOX主催)の振付家コースに参加し振付家としての活動をはじめました。
 この調子でいくと40歳で何が起こるか今から楽しみです。

青森出身の私は東京にきて5年になります。やっと電車に乗るのがドキドキしなくなってきました。慣れるのに思ったより時間がかかりました。慣れないという自分の経験から、環境や言葉においての身体の変化や状態、また人々の存在の在り方などに興味をもつようになり、現在色々な土地でリサーチや制作を試みています。今回はyahiro8さんのあります東京、八広に焦点を絞りリサーチを進め、そして9月末に皆様にみていただける形の作品を完成させたいと思っています。リサーチや制作のプロセスをこちらのブログで随時更新していこうと思いますので、見守っていただけたらと思います。

八広という土地を通して、東京を知ること、また東京という概念を自分の中で一から考え直してみたいと思います。


【リサーチ1日目は八広で工場を経営されている吉成さん(二代目)にお会いしました。】

最初お仕事場である工場を見学させて頂き、そのあとは吉成さんの歴史や家族構成、普段のご家族との生活などをお聞きしました。また吉成さんはかなり早い段階から、八広へ移り住んだアーティストのサポートをされており、八広のアート事情、また外から、内から見た八広や墨田区についてもお話くださいました。

吉成さんのお話の中で、私の中で刻まれたキーワード↓
1. 東北訛りや地方の訛りに違和感がない。血、ことば、しみついている何か。
(一代目のお父様は福島から集団就職で東京にやってこられ、そして八広で工場を始められた。墨田区にはそういった東北の人が多かった為、小さい頃から東北訛りを聞くことが多かった。)
2. 吉成さんの景色。
(生きてきた中での様々なポイント。)
3. さかのぼれる何か。
(今だからこそ考えられる逆のこと。デジタル→アナログ)

また吉成さんは色んなモノを収集されており、そのコレクションには70,80年代のスクリーン、主婦の友という雑誌、ボードゲームなどがあるそうです。小学生の頃からスクリーンを集めていた私にとってはそんなチャンス逃すわけなし!今度スクリーンや他の雑誌をひたすら眺めに伺う約束をいたしました!!

新しい出逢いや、まだみぬ出逢いにウキウキしながら リサーチスタートです。このような機会にお声をかけていただいたyahiro8のオカザキ恭和さん、木村吉見さんに感謝。これから7ヶ月よろしくお願いします。

またこのブログを読んでくださった方々、これからこのプロジェクトがどう進んで行くのか、最後までよろしくお願いします。